司馬 遼太郎先生の「王城の護衛者」を読みました。
薩長両藩が暗躍し、攘夷派の浪士たちが横行する、無政府状態に近い幕末の京。
新たに京都守護職を命じられた会津の青年藩主・松平容保は、藩兵千人を率い、王城の護衛者として治安回復に乗り出すが、複雑怪奇な政治の術数に翻弄され……。
表題作の他に、「加茂の水」「鬼謀の人」「英雄児」「人斬り以蔵」を収録。
この短編集で一番興味を持った話は、「王城の護衛者」です。
昔から、なんであれだけまともだった松平容保が、最後まで、幕府に尽くしてあれだけひどい目に遭わないといけないのかというのが、疑問でした。
まだ、徳川御三家が最後まで盾となって、徳川幕府を守るというのならわかるけど。
あまり、よく知らなかったのですが、会津の松平家は、御三家に継ぐ名門の家でした。
徳川秀忠が唯一、正妻以外に出来た子を藩祖としてました。
徳川家の為に尽くすようにという家訓の厳しい家でした。
特に、養子として、この家に来た容保は、それをよく守りました。
京都守護職につけられそうになった時も、容保は、自分達では、どうしても無理であるからと何度も断りますが、結局は慶喜や春嶽に説き伏せられて付くことになります。
最初は、長州にも同情的でしたが、徳川幕府を倒そうとしていることを知ると藩士や新撰組などを使って過酷に取り締まろうとしてます。
徳川家の為に、誠心誠意尽くしてきた容保ですが、仲間が悪かったです。
慶喜は、あまりにも先が見えすぎるので、言動や行動がコロコロと変わるので、真面目な容保にはついていくことができません。
そして、政治感覚のない容保は、政治の術数に翻弄されていきます。
唯一の救いは、佐幕派の孝明天皇が容保をすごく信用してくれたことです。
帝も詔として、周りの公卿達が好き勝手に出しているのに、そのことを止めることが出来なくて苦労されてました。
一度、慶喜や容保達を京都から追い出そうとする陰謀があった時は、前例を無視して、必死に容保に自分の気持ちを綴った手紙を送ったりしてます。
これは、苦労が耐えない容保でしたが、天皇に信頼されたことが唯一の幸せだったかもしれません。
しかし、薩摩や慶喜などに裏切られて、本当に可哀想でした。
テーマ : 歴史・時代小説
ジャンル : 本・雑誌