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この前法住寺殿跡石碑を見つけたので、今回は、法住寺に入ってみました。
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平安時代中期に藤原為光によって創設され、その後院政期にはこの寺を中心に後白河上皇の宮廷「法住寺殿」がいとなまれた。法住寺殿が木曾義仲によって焼き討ちされ、数年を経て後白河上皇もなくなると、法住寺は後白河上皇の御陵をまもる寺として江戸時代末期まで存続、明治期に御陵と寺が分離され現在にいたる。

寺内の『身代不動明王(みがわりふどうみょうおう)』像は、平安期の作風とされる。この不動像は寺伝では慈覚大師が造立したといわれ、後白河上皇の信仰も篤かった。義仲の放火のさいに、上皇の身代わりとなったと伝えられており、現在も毎年11月15日には不動会(ふどうえ)がいとなまれる。
(「法住寺(京都市)Wikipedia」HPより)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E4%BD%8F%E5%AF%BA_(%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%B8%82)

この近くは、昔から三十三間堂や京都国立博物館などでよく来ていたのですが、このお寺の存在は、全然気づいてませんでした。
でも、遙かに出てきた法住寺が現存していたので、嬉しい発見でした。
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